宇宙のヒトカケラとしての私たち

あらゆる存在は、たがいに関わりあった相互存在である。

星から生まれた私たち

夜はなぜ暗いのでしょうか。それは太陽が地平線の下に沈んでしまうからではありません。晴れた夜に空を見上げてみると、明るい星、暗い星、赤い星、青い星、いろいろです。望遠鏡でのぞくと、暗い星の間にもさらに暗い星があって、空は星だらけです。5円玉をもった手を伸ばして、その穴からのぞくと、およそ1万個の銀河が見えるはずです。この情景は、樹木が均等に生えている森の中に似ています。近くにある樹木と樹木の間には、その先にある樹木が見えて、大きい森であれば、まわりは樹木でいっぱいです。そこで、樹木を星におきかえてみると、宇宙が無限に大きければ、空は10万個の太陽でうめつくされているかのように輝いていることになります。しかし、現実には夜があります。なぜでしょうか。
夜を取り戻すには、①宇宙の大きさは有限で、星はあるところまでしかない、②星にも寿命があって、永遠に輝くものではない、③宇宙は膨張していて、遠くからやってくる星の光ほど弱められている、などが考えられますが、そのいずれもが、観測結果から確かめられています。とすると、時間を巻き戻せば、宇宙のはじまりは小さかったということになり、すべてがその中に詰め込まれているのですから、限りなく熱く輝いていたはずです。実は、その残り火に相当する電波雑音が、今あなたのところにも届いています。つまり、この世界のすべては一粒の光から始まったということです。ビッグバン宇宙論です。ということは、すべての存在は、互いに関わりあっていて、どれひとつとして独立して存在しているものはないということになります。宇宙も人間も、その中に含まれている元素を多い順に並べると、軽くて人の体重では引き止めることができない気体のヘリウムを除けば、どちらも水素、酸素、炭素、窒素…の順で同じです。しかも、私たちの命をつくるすべての元素は、星が光り輝く過程で合成され、星が超新星爆発という形で寿命を全うしたときに宇宙空間にばらまかれ、そこから地球ができ、私たちが誕生したのですから、私たちは、すべて星のカケラだということです。

宇宙進化をなぞっている生命の不思議

さて、ビッグバンから単細胞生物、魚、爬虫類を経て現世人類までの進化、138億年の歴史を調べてみると、驚くべきことに、私たちが母親の胎内で直径0・2㎜の受精卵から出産までに辿る過程とそっくりです。しかも、宇宙が1億年かけて生命を育んだプロセスを母親の胎内では、一週間で駆け抜けます。なんと50億倍の速さで宇宙進化を後追いしているということです。
私たちは、自分の顔を自分の目で直接、見ることはできません。鏡に映してみても左右反対ですし、写真の顔は、小さな粒子の集合です。私たちは、自分で心臓の動きをコントロールすることもできませんし、ご飯をたべるのも口に入れて咀嚼するまでが自分の仕事で、あとは体まかせです。風邪を引いて、早く治したいと思っても、ある時期が来なければ治りません。私たちは、自分の体を自分の所有物だと思いがちですが、そうではなさそうです。私たちの体は、およそ数十兆個の細胞からできています。しかし、一晩でその1%、つまり数千億個の細胞が新しく生まれ変わっています。夜が明ければ、物質的には別のものなのに、自分が自分であり続けられるのは不思議ですね。それは、他との関係性において、自分という存在が確定しているからです。「自分」という単語は“自然”の「自」と“分身”の「分」との合成語だということになります。
人は衣食住を含め一人では生きられません。すべてが一粒の光から始まったのですから、あらゆる存在は、たがいに関わりあった相互存在だからです。とすれば、人は知らず知らずのうちに、他者の恩恵を受けているのであり、逆に他者に迷惑をかけていることもあるでしょう。そこから生まれてくるのが、“ありがとう”“おかげさま”“おたがいさま”そして“ごめんなさい”です。宇宙研究が教えてくれる平和への四つの言葉です。
ところで、幸せとは何でしょうか。私ごとで恐縮ですが、87年の人生から学んだことは、幸せは、他者に喜んでもらえることに尽きると実感しています。これも、すべてが相互存在だからです。
現代は、ある意味では、広く監視社会です。その是非はともかく、監視カメラの映像を分析してみると、性善説を裏付けるたくさんの場面がでてくるそうです。つまり、他者が危険に見舞われている場面に遭遇すると、よほどの特別の状況でないかぎり、見ず知らずの相手であっても例外なく救援活動に向かうといいます。これは、人間が、進化の過程で遺伝子や脳の深いところに蓄積してきた本能的なものだけに支配されているのではないことを示す証拠だとも考えられます。霊長類研究第一人者である友人の話によると、サルやチンパンジーには、人間が持っているすべての醜い側面がそっくりそのまま備わっているといいます。戦争の原因ともいえる縄張り意識、覇権争い、権力闘争などの素質です。しかも、彼らの知能は、人間の幼児よりも高いといいます。にもかかわらず、人間は、直立することによって大きい脳を育て、言語を発明して「考える」能力を手に入れ、教え、学ぶことが可能になり、さらなる知性を獲得して、自らの立ち位置を理解することによって、文化文明を築くことができたのです。

散策する佐治晴夫
↑美瑛町にある自宅裏の散策路。四季折々の自然を身近に感じながら暮らすことを選んだ
天体望遠鏡と佐治晴夫
↑いつでも自由に星が見られるようにと、自宅アトリエの庭先にも天体望遠鏡を設置した

宇宙の公平性

星は、国境を超えて、富める人にも、そうでない人にも、いがみ合っている人たちに対しても分け隔てなく同じ姿をみせてくれます。しかし、その星も、時として地球を壊滅させることがあります。たとえば、今からおよそ6500万年前、メキシコのユカタン半島に、大きさ10数㎞の天体が秒速20㎞(時速7万2000㎞)で落下、衝突のエネルギーは広島型原子爆弾の10億倍、マグニチュード11を超える大地震と高さ300mの大津波を起こし、当時、地上を席巻した恐竜たちを絶滅させました。今でも、そのときの衝突痕を直径160㎞のクレーターとして海底に見ることができます。そのときの生き残りが私たちの祖先となる哺乳類で、近隣の十勝岳山麓、「望岳台」の岩場に生息する「ナキウサギ」の同類です。また、直近では、2013年2月15日、ロシア・チェリャビンスク州の上空、28㎞で、直径が20m、重さ1万3000トンほどの微小天体が飛来して爆発、1500人以上の負傷者がでたことは記憶に新しいできごとです。これらは日ごろ私たちが星空の風物詩として親しんでいる流れ星の大型版です。ちなみに、地球に飛び込む流れ星は1㎜程度の星屑ですが、一晩で数10トンに及びます。その一方で、地球に生命をもたらしたのも、地球に飛来した天体であったことはほぼ確実ですから、宇宙現象の公平さには、ただただ驚くばかりです。このような地球近傍天体は、現在1万5000個ほどみつかっていて、世界各地で、その動きを見守っています。そして、その天体衝突を回避するための実験も行われています。2022年の11月には、全長8・5m の宇宙船を、時速2万4000㎞で、ディモルフォスという小惑星に衝突させ、軌道を変えて衝突を回避する実験が行われます。現在の地球の危機は、異常気象やエネルギー問題、国内外での絶えることのない紛争などの他に、このような宇宙からの脅威にもさらされていることを忘れてはなりません。

中富良野町北星山の空
↑中富良野町北星山にて撮影。天体観測に適した土地でもある

過去も未来も、すべて現在の中にある。

宇宙に学ぶ人生の歩き方

今から2000年以上も昔に書かれた中国の古典「淮南子(えなんじ)」によれば、宇宙の「宇」とは、四方上下で“空間”、「宙」とは、往古来今で“時間”であると記されています。宇宙とは、空間と時間の総称なのです。翻って考えてみると、私たちは、身体で空間を占有し、時間を食べて生きているようなものですから、人間も宇宙のひとつの形態だということになりますね。
さきほど、私たちは、母親の胎内で、宇宙史を駆け抜けてきたとお話ししました。これは、宇宙が部分の中に全体を含むような構造をもっていることを意味します。樹木の形を見ると、太い幹から細い枝がでて、そこから分岐が続き、その先についている葉の中には、やはり同じようなY字形の分岐があります。ロシアの民族人形、マトリョーシカのような「入れ子構造」です。私たちがリラックスしているときの心拍の周期や脳波も、たとえば、300分の変動の中の3分間を取り出してみると、数学的には同じパターンの変動をしていることが知られています。「フラクタル構造」といいます。部分の中に全体が、全体の中に部分が含まれるという宇宙の根源的性質です。とすれば、私たちの一生は、宇宙の一生と等価であるともいえそうです。私たちは、他者の誕生、終焉に立ち会うことはできますが、自分の誕生や終焉に第三者として立ち会うことはできません。一人称での誕生、終焉は存在せず、一人称の人生は永遠だという理屈も成り立ちます。そこから、「今を生きる」ということの意味が見えてきます。過去は過ぎ去ったものですから存在せず、未来はまだ来ていないのですから存在せず、存在するのは、今、この瞬間だけです。過去も未来も、すべて現在の中にあるということです。ここから、長生きのコツは、一日一日を元気に生ききること、という結論が、高校の数学で学ぶ確率計算で出来ます。
中富良野町は、コンパクトながら、とても文化活動が盛んで、ホスピタリティに満ち、しかも美しい星空が見える町です。宇宙と人の心を結ぶ格好の町です。すべては相互存在ですから、たがいに絡みあい、緊密に繋がっています。したがって、まず第一歩を踏み出すことが、他の存在に大きな影響を与える力を秘めているということです。中富良野町が、人類の豊かな未来を創出する運動の起点になることを切に祈っています。

楽譜
イラスト
ピアノを弾く佐治先生
↑ピアノを弾くことが好きな佐治先生。音楽とユーモアがいつも素敵な旋律を奏でている

Profile

1935年東京生まれ。理学博士(理論物理学)、美瑛町美宙(みそら)天文台台長。最先端の宇宙論を突き詰めた先にある生命のありようを、分かりやすく教えてくれる唯一無二の物理学者。著作は85冊を超える。理系、文系の枠を超えた学際的新分野「数理芸術学」を提唱。その実践として、宇宙研究の成果を平和教育に活かした特別講義を全国的に展開している。宇宙を考えることは人間を考えることであり、生き方そのものを考えることだと佐治先生は説く。

佐治 晴夫

さじ はるお

佐治 晴夫(さじ はるお)
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