雪が降るから美味しい水が豊富に湧き、
雪が降るから山々は白銀に輝き、雪が降るから冬はさらに楽しくなる。
世界屈指のパウダー天国、HOKKAIDO POWDER BELT
突然ですが、みなさん雪は好きですか?
僕は今47歳になるのですが、大学生の時に冒険スキーヤーの三浦雄一郎さんが率いるスキースクールに入門したことがきっかけで雪山の世界に魅了され、それ以来30年近く世界中の雪を追いかけてきました。
当時の僕は日本より海外の方が凄いと思っており、世界に羽ばたけば羽ばたくほど、雪の楽園に出会えるものだと思っていました。それがどうでしょうか。大会や撮影、遠征などでいろいろな雪山を滑りましたが、標高の高い山で空気の薄さに喘いでいるか、氷のような斜面で歯を食い縛って滑ったり、岩の上を火花を散らして滑ることが多かったのです。
「もしかして…?」。
世界中を滑り巡るうちに何となく気付いていたことが、確信に変わっていきました。平地でもフワフワの雪がたっぷり積もることは特別なことなんだと。
スキーが盛んなヨーロッパや北米では、標高が高いところにしか雪が降りません。
標高が高いと当然息苦しく、高山病を発症する人も。日本から訪れたスキー客が、滞在期間の半分を体調不良で過ごしたなんて話はザラなんですよね。それに、雪が良い場所は森林限界のアルパインに限るので、天候が悪かったり視界が悪い時は、危なくて滑れたもんじゃありません。
例えばヨーロッパの場合、まとまった降雪があるのは大きな低気圧がきた時に限り、稀にドッサリ降ったとしても、雪崩のコントロール(安全確保)のためにすぐに滑れないことも多い。
降雪の頻度が低いので、その後、何週間も降らないことだってあります。
北海道の場合、シベリアでキンキンに冷やされた大気が発達し、北~西寄りの風が、温暖な日本海上にたまった湿気を運んで、(平地でも雪が降りますが)山々にぶつかって、たっぷりと雪を降らせます。
つまり、低気圧も雪を降らせるけれど、西高東低という冬期のスタンダードな気圧配置があれば、毎日のように降雪をもたらすのです。
また、滑った斜面のトレースが、翌朝には綺麗に無くなっていることをリセットと言うのですが、これがスキーヤー・スノーボーダーにとって、とても重要です。
例えば、70㎝の雪が1週間に1回積もるよりも、毎日10㎝ずつ積もった方が良い。降雪時は多少の風を伴うことが多く、少量の降雪でもドライであれば、雪と風との共同作業で斜面をきれいにリセットしてくれるわけです。
北海道の中でも、この地域の雪が特別なのは、羽雪や泡雪と表現される、
圧倒的な軽い雪がたっぷり降ることにあります。
北海道がいかに恵まれた雪の天国であるかに気付いた僕は、嬉し過ぎて、毎日昼食を食べる時間も惜しんで滑りまくりました。
僕は札幌在住ですので、札幌近郊のスキーエリアやニセコエリアで滑ることが多かったのですが、海外から来たスキーヤー・スノーボーダーが「人生で一番良い雪だ~!」と至る所で叫んでいるのを聞いて、嬉しいと同時に、ちょっと思うところがありました。
確かにニセコや小樽周辺の降雪量は特筆すべきものがあります。しかし、クオリティという視点で言うと、もっと素晴らしい場所を知っていたからです。
僕は30年近くかけて世界中を滑りまくってきましたが、今まで滑った良い雪をランキングにするとしたら、そのトップ3に入るのが、全てこのエリア。旭岳が1回、富良野岳が2回だったのです。
北海道の中でも、この地域の雪が特別なのは、羽雪や泡雪と表現される、圧倒的な軽い雪がたっぷり降ることにあります。
胸までの積雪でも、スキーを自由自在に動かすことができ、その雪に身を委ねながら、雪山を風のように滑り抜ける感覚は、他の何にも代えられない快感。
そして、標高が低い山々に岳樺などの広葉樹が大きく枝を広げるため、木々の間隔が広いのも特徴です。滑走するのにちょうど良い木の間隔の森林は、ヨーロッパのアルパインに比べて風の影響を受けにくく、ドライでフワフワな状態がキープされます。そして、荒天や視界不良の時でも滑ることができる。
つまり、12月~3月は必ずどこかにパウダースノーが残っているという夢のような世界だったのです。
スキーを背に世界を旅するRIDE THE EARTH シリーズの8作目『HOKKAIDO POWDER BELT』。児玉毅、佐藤圭が初めての国内撮影の場として選択したのは、北海道の中央部、極上パウダーの聖地、大雪、十勝エリアだった。 (エイチエス株式会社2021年11月発売。定価2000円+税)
外国人が日本の雪に着目し始めた時、真っ先にその対象となったのがニセコでした。豊富な雪と、日本らしい景観である蝦夷富士(羊蹄山)と温泉の存在で、世界中のスキーヤー・スノーボーダーの憧れの地となった。その後に続いたのが、日本一のスケールを誇るスノーフィールド、長野県の白馬バレー。この二つのフィールドは、ダイナミックな景観が広がり、いくつものスキー場が集約されていることで、ひとつの商品として売り出すことが可能で、大きなブランド力を持つことができた。こうして、ニセコと白馬の名は、一気に世界中に轟いていきました。
一方、ニセコに勝るとも劣らない北海道の内陸にあるスノーフィールドは、一部のファンに絶対的な支持を得ながらも、なかなか広まっていかなかったのです。
そんな現状を「もったいない」と思っていたのが、元スキージャーナル編集長で、中富良野町でロッジを営む加藤雅明さんです。加藤さんがヒントをもらったのは、カナダ内陸部にある『パウダートライアングル』と名付けられたエリアでした。ファーニー、レッドマウンテン、ホワイトウォーターという中規模スキー場があるエリアは豊富な積雪と雪質に恵まれた地域ですが、世界的なリゾートであるウィスラーやバンフの影に完全に隠れてしまい、海外からお客さんが訪れるようなスキー場ではありませんでした。
しかし、3つのスキー場のエリアにパウダートライアングルと言う呼び名を付けたところ、口コミレベルで噂が噂を呼び、世界中からパウダースノーフリークが集まる場所になったのです。
北海道の内陸部も、トマム、富良野、カムイ、旭岳、黒岳を始めとする、素晴らしい雪質を誇る魅力的なスキー場があるものの、それぞれのスキー場が離れており、地域としてのブランド力に欠けていた。そこで、加藤さんは、パウダートライアングルをヒントに、大雪山~十勝岳連峰を中心とした広域の粉雪圏を『北海道パウダーベルト』と名付けたのが始まりです。
このエリアには、世界のどこにもマネができない最高のクオリティを誇る5つ星の雪があるのは事実。
でも、魅力はそれだけではありません。
繊細で美しくヘルシーな日本食の素晴らしさは言うまでもありませんが、日本人は世界中の料理を更に美味しくアレンジし、しまいには家庭料理にしてしまうほど優れた食文化を持っています。それに加え、大雪山や十勝岳連峰から渾々と天然水が湧き出し、美味しく豊かな農畜産物、新鮮で良質な山海の幸に恵まれている。これだけの条件が揃って、料理が美味しくないわけがないんです。そんな料理が、スキーが盛んな国々の水準で考えると、驚くほどリーズナブルに味わうことができる。
また、観光的にも、独自の歴史や文化、自然があり、温泉があったりと筆舌しがたいほど。雪という絶対的な魅力と、北海道の様々な魅力が相まって、世界中から観光客が集まるようになってきたのです。
僕は、北海道パウダーベルトの可能性にワクワクが止まりません。そして、北海道パウダーベルト全体を俯瞰できる、ちょうど真ん中にあるのが中富良野町です。
どうでしょう。ちょっと考えてみませんか? 世界中のスキーヤー・スノーボーダーが羨む雪を「恵み」として受け取るのか、「厄介者」として扱うのか…。
その差はとても大きいと思うのです。
その時、藤野博士は、こうして見ると北海道、特に大雪や十勝の雪ほどすばらしい雪はないと思うよ、としみじみいった。
「ミウラよ、大雪あたりのほんとの粉雪、たとえば零下二十度くらいに冷え込んだ時に、風もなくふんわりと積もった雪の空気の密度は、なんと九十七%にもなるのだ」という。
わが大雪や十勝の山々は、冬になると世界でも最上級の雪を身にまとっているのだと、あらためて懐かしく思いかえされた。
三浦雄一郎 『日本の名山 大雪山 博品社』より
Profile
1974年札幌市生まれ。極地、高所、僻地、世界の隅々まで滑り尽くすことを生涯スキーの目標に掲げる冒険プロスキーヤー。読ませる文章、魅せるスキーという技を持つスキー界の才能。
児玉 毅
こだま たけし
Profile
1972年札幌市生まれ。2009年から上富良野町に移住し、スキー/スノーボードのパウダーシーンを精力的に撮影。広告・雑誌に数多くの作品を提供している。児玉毅とタッグを組み世界を巡る。
佐藤 圭
さとう けい