北の大地に生きる喜びを教えてくれる一冊

半農半Xという生き方

塩見直記 著 ちくま文庫

著者が語りかけるのは「小さな暮らし」と「充実感のある使命」。移住後の生き方、就職とは別の生き方を大きな視点から教えてくれる。北海道にはこの生き方を実践している若者たちが増えている? そんな気がします。

半農半Xという生き方

雪原の足あと

坂本直行 著 茗渓堂

写真家・星野道夫に多大な影響を与えたと言われる坂本直行の画文集。1930年広尾町で牧畜にたずさわりつつ絵を描き、また昭和初期の困難な時代の生活を生き生きと綴った文章は、今も多くの示唆を与えてくれる。

雪原の足あと

北海道アクティブ移住

西川栄明/西川晴子 共著
北海道新聞社

実際に北海道に移住した夫婦が、肩肘張らずに日々の生活を感性豊かにかつ冷静に描写した日記形式の本。2006年に出版された本だが、むしろテレワークの先駆けとなっており、内容はまったく古くなっていない。

北海道アクティブ移住

新版 雪に生きる

猪谷六合雄 著 (株)カノア

1943年に書き記された名著の復刻版。オリンピック銀メダリスト猪谷千春の父は、あらゆるものを知恵と工夫で創作し、挑戦をし続けた人であった。スキーの草分けとして雪国に生きることの燃えたぎる情熱を記録した一冊。

新版 雪に生きる

旅をする木

星野道夫 著 文春文庫

若くしてアラスカを目指した写真家・星野道夫。場所は違えども北を目指し、そこで生活する人にしか分からない自然への畏敬と憧憬が、美しい文章で綴られている。北の誘惑にかられる人の背をそっと押してくれる。

旅をする木

73回目の知床

新谷暁生 著 須田製版

知床を舞台に74歳を過ぎた今もシーカヤックガイドを務める新谷暁生の著作。命の尊さと真摯に向き合い、ニセコローカルルールを提唱し安全啓蒙に務めてきた男は、深い思索の中で今も戦い続ける。

73回目の知床

百姓貴族

荒川弘 著 新書館

「農家の常識は社会の非常識」といきなりかましてくれる痛快マンガ。北海道で農家をやるなら、このぐらいのことで驚くなよ、と言わんばかりに、我々の常識を軽々と破壊し、笑えないような状況も笑い飛ばす。

百姓貴族

ぼくたちは今日も宇宙を旅している

佐治晴夫 著 PHP研究所

未知なる宇宙に想いを馳せ、人間とは何かを考え続けてきた理論物理学者が、余命宣告を受けながらも、「残りの人生」をどのように美しく、幸せに生きるのかを、詩のようなコトバで伝えてくれる至言集。

ぼくたちは今日も宇宙を旅している

廃材もらって小屋でもつくるか

イマイカツミ・川邉もへじ・家次敬介 著 寿郎社

古民家と言えば聞こえは良いが、明らかに朽ちた家だ。けれどもそれが見る人には宝もののように見えるらしい。衣食住という人間の生活のベースを自らの手で構築する喜びと肩肘張らない生き方が共感を呼ぶ。

廃材もらって小屋でもつくるか

北海道16の自転車の旅

長谷川哲 著 北海道新聞社

テントを積んでひとり北海道を走る旅を著者は「寂旅」と言う。ひたすら己と語り合いながらペダルを漕ぐ中で、静かに流れていく人と風景。著者の目を通して次第に北海道という土地の風土が匂い立つように見えてくる。

北海道16の自転車の旅

北海道青空日記

はた万次郎 著 新潮文庫

下川町に移住し生活を始めたはた万次郎画伯。その類い稀な人柄とオチが病み付きになってしまう日記風漫画。世の中にはどうでもいいことが沢山あるし、何を大切にするかは人それぞれ。自由に生きるための処方箋。

北海道青空日記

わたしのラベンダー物語

富田忠雄 著/新潮文庫

世界に北海道ラベンダー観光を知らしめ、その礎を築いた富田忠雄氏が、ラベンダーに注いだ愛情 を凝縮した一冊。ラベンダーの歴史から栽培方法に至るまで、ラベンダーの知識を学ぶこともでき、散りばめられた写真もまた美しい。

半農半Xという生き方

ファーム富田の創業者 

富田忠雄さんの思い出

文=染谷哲行(アルクム計画工房)

造園家のRさんに同行して、初めてファーム富田を訪れたのは1992年3月14日でした。Rさんの描いた1枚のスケッチを前に、富田さんは青年のころからの夢を語ってくれました。初対面の私は、その話の面白さに引き込まれながらも、富良野の緩やかな大地に夢を託した思いの深さに圧倒された記憶が残っています。
札幌に帰る最終バスに飛び乗るようにして始まった計画が、その後15年にも亘る壮大な計画になるとは思ってもいませんでした。
その年の5月の連休明けに、再度訪れた時には雪も解け、富良野川の河川改修で出た土を利用して、水田だった段々を均した斜面を見ることが出来ました。もと水田の斜面は雪解け水と混じり、履いていた長靴は半分以上埋まり、ぬかるんだ足を引き抜くことさえ困難でした。
草花のことに疎い私でも、ラベンダーが乾燥土を好むという知識は持ち合わせていたので、思わず「本当に、ここにラベンダーが咲くのですか?」と不躾な質問をしたのですが、富田さんは少し間をおいて「咲きます、咲かせてみせます!」と遠くを見つめながら答えてくれたことを昨日のことのように思い出します。
計画のレールは敷かれ、造園工事と建築工事の計画が同時に始まりました。打合せを重ね、様々な確認・申請業務をクリアし、8月に着工しました。
造園工事は排水を最優先し、次に散策路やポプラ並木を配置し、その後にラベンダーや草花の苗を植えました。これらの工事はファーム富田の独擅場です。
建築工事も排水には悩まされましたが、なんとか年内に上棟式を済ませ、年明けから内装工事が進み、5月28日には《花人の舎》のオープニングを迎えることが出来ました。その間、富田さんから河川改修工事で発掘された広葉樹の埋もれ木を家具などに利用したいという提案があり、製材所や家具屋さんと試行錯誤の試作を重ね、テーブルや手摺・腰壁などに採用しました。埋もれ木の採用によって、時間を超えた古代の雰囲気を演出出来たことは想定外の効果でした。その他にも、ステンドグラスの作家さんと相談しているうちに、紫色のガラスの端材でステンドグラスを無償で創ってもらえることになり、高窓にはめ込んだことで、紫の淡い光がまるで日時計のように、花人の舎の吹き抜けの壁を移動し、花人の眼を楽しませてくれています。これも富田さんの情熱の賜物のような気がします。
造園工事も無事終了し、7月にはラベンダーも咲き始め、沢山の花人が全国から集まり、花を愛でてくれました。 富田さんはラベンダーの似合うモダンな紳士ですが、武士道をわきまえた侍のような心の持ち主だと思うのです(私の勝手な印象なので、お許しください)。
あるときファーム内で富田さんとお話ししていると、
「アッ、富田さんだ!」と遠くのほうからご婦人方が駆け寄ってきます。すると富田さんはにっこり微笑んで、「カメラを貸していただけますか?」と言って私に、「これで皆さんと一緒に撮ってもらえますか?」と借りたカメラを私に渡すのです。その結果、ご婦人方に旅の最高のお土産を提供し、とても喜ばれていました。その時の富田さんは、華の舞台でスポットライトを浴びているように輝いて見えました。
その後も、駐車場・トイレ・休憩施設・展望施設など10軒程の建物を毎年のように計画させていただき、気が付いたら15年以上経っていたという訳です。
この2年間は世界がコロナ禍に悩まされましたが、来年こそは咲き誇る花を愛でに、こぞってファーム富田に集まってほしいものです。その節には富田忠雄さんが書かれた自叙伝『わたしのラベンダー物語』を購入して、富田さんが描いた夢を、その文章と写真でもう一度味わうことをお勧めします。素晴らしい旅の思い出がさらに倍増することでしょう。

染谷 哲行

アルクム計画工房代表。1993年からファーム富田の主要な建築を設計デザイン。後藤純男美術館も氏が手がけた作品のひとつ。美瑛・薫風舎、中富良野・山の舎、ペンションラクレット、ノーザンスターロッジなど、周囲の自然景観に溶け込む建築を作風としている。

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