ようこそ花咲くおとぎの国へ

富良野地方の大地を一面紫に染めるラベンダーは、
旅人に愛され続ける北海道の初夏の風物詩。
その幻想的な光景は、花の守り人たちが
何十年も受け継いできた情熱が支えています。

夢紡ぐ色彩のハーモニー

見渡す限り続くなだらかな丘に、ラベンダーと100種類以上の季節の花が咲き誇る観光農園「ファーム富田」。総面積15haのガーデンから徒歩約7分の場所に、春から秋は、観光列車専用のJRの臨時駅も設けられ、国内外から年間100万人が訪れる道内屈指の観光スポットです。
4月半ばに畑を覆い尽くす根雪が解け、北国の遅い春を迎えると、クロッカスやチューリップなどの球根が芽吹き、白いキャンバスに魔法がかかったかのように、虹よりも鮮やかな色彩が広がっていきます。新緑の季節も遠い山並みの色が冴えわたる夏も、青空に紅葉が映える秋も、さまざまな花が生命のバトンをつなぐように次々と咲き続けます。
そして青空と緑、彩り豊かな花々が美しい色彩のハーモニーを奏でる中、主役を務めるのはラベンダーの花。6月下旬から8月中旬まで、「濃紫早咲(のうしはやざき)」「ようてい」「はなもいわ」「おかむらさき」「ラバンジン」と、それぞれ見頃が異なる品種が畑を彩ります。

山の彩りの畑
↑2017年に新しく造られた「山の彩りの畑」。山林の豊かな緑を背景に、風に揺れる色鮮やかなポピーの花畑が広がる。見頃を迎えるのは、ラベンダーが花盛りの7月中旬~下旬。
ラベンダーを眺める人々
↑花色が微妙に異なる4品種のラベンダーが、繊細なグラデーションを生み出す。

ラベンダーの紫を中心に彩り豊かな季節の花々と緑が
万華鏡のようにきらめく夢の花園

色とりどりの花
↑ラベンダーの紫色を中心に、さまざまな色彩が広がる園内で散策を。
どこを切り取っても絵になる風景に、シャッターを切る手が止まらない。

夢の花園を守った歴史

園内の楽しみは、みずみずしい花の輝きだけではありません。趣向を凝らしたさまざまな「舎(いえ)」があり、全て回るには園内のガイドマップが必須。ラベンダーからエッセンシャルオイルを抽出するための蒸留工場「蒸留の舎」では、ラベンダーオイルの香りを楽しめます。蒸留の際にオイルと一緒に抽出されるラベンダー蒸留水も、入浴用やエアフレッシュナーとして人気を集めています。香水の製造を見学できる「香水の舎」や、日本最大級のドライフラワーアレンジメントが展示されている「ドライフラワーの舎」なども一度は覗きたい施設。カフェでラベンダーソフトクリームやスイーツを堪能したり、ポプリや石けんなどのオリジナル商品が並ぶショップで、大切な人へのお土産を選ぶのも心躍るひとときです。 今では、お花のテーマパークのような夢にあふれた「ファーム富田」ですが、観光農園となる以前の昭和40年代には苦難の時代がありました。ラベンダーは本来鑑賞用ではなく、香料の原料にするために栽培されていた農作物。最盛期には、富良野地方で約250戸の農家が生産していたものの、ほんの数年後には安価な輸入品や合成香料に押され、泣く泣く栽培を断念する農家が増えていったからです。

彩りの畑
↑虹が大地に舞い降りてきたかのような「彩りの畑」は、ファームを
代表するボーダーガーデン。花の種類とデザインは年によって変わる。

最後の畑が始まりの畑に

周辺に5カ所もあった精油の蒸留所が次々と閉鎖され、地域で最後のラベンダー農家になった「ファーム富田」でも、あきらめて花を株ごと土にすきこもうとしたことが、何度もあったといいます。でも、栽培を始めた先代の富田忠雄さんにとっては、開拓農家の3代目として黙々と農作業に打ち込んでいた青年時代から憧れ続け、妻の幸子さんと力を合わせて育ててきた大切な花です。稲作で生計を立て、必死に畑を守り続けました。
そんな時、1枚の写真から未来への扉が開けました。富良野地方のラベンダーと十勝岳の風景が、1976年版の旧国鉄のカレンダーに採用されると、全国から旅行客がやってきたのです。中には花を乾燥させ、ポプリや匂い袋を作れることを教えてくれた人もいました。
加工品が旅のお土産として売れたら、花畑をつぶさずにすむのでは―。観光へ目を向けたひらめきは、再びラベンダー畑が広がるきっかけになりました。やがて独自に蒸留した精油やオリジナル香水が高く評価され、ラベンダーの本場・南仏で表彰されるほどの出来映えになったのです。

花畑の世話をする人々
↑訪れる人の目を奪う花畑の美しさは、
手間暇を惜しまず世話をする人たちの努力あってこそ。
ドライフラワーアレンジメント展示
↑本場オランダのフラワーデザイナーが手がけたドライフラワーアレンジメント展示。
ウエルカムハウス
↑多彩なハーブや一年草、宿根草が寄り添い合う小さな庭「花人ガーデン」。
花人ガーデン
↑カフェや香りの体験室、ファームの歴史解説コーナーを備えたウエルカムハウス。
売店
↑花畑の風景になじむショップでは、切り花やオリジナルグッズなどを販売。
ラベンダーのイラスト

香料の原料作物から鑑賞用へ
あきらめかけた夢を追い続け広げていった花の楽園

農業は正解のない仕事

忠雄さんと長男の均さんはラベンダー栽培の功労者として、2代続けて南仏で「ラベンダー修道騎士」の称号を授与されました。二人が育てた花園を将来担っていくのは、孫の陽介さんです。自社製品の製造に必要な薬剤師の資格を取り、神奈川の薬局で3年間社会経験を積んで、花の楽園へと帰ってきました。
「子供の頃は祖父と過ごす時間が長く、虫刺されにラベンダーの精油を塗ってもらったのをよく覚えています」と笑顔で振り返る陽介さん。人の健康を支える薬局から、植物の生命を守る農園に戻り、処方箋も指示書もない仕事で、見えない正解を探す毎日だと言います。花は自分から「のどが渇いた。水が欲しい」とは言えません。「いつも疑問を持って仕事をすること」を忘れずに、水やりや土起こし、温室の暖房などに気を配ります。

看板の写真
ラベンダーオイル
ドライフラワーやポプリ

ロングセラーの人気商品「ラベンダーオイル」は、敷地内の蒸留工場で抽出された 100%ピュアな精油。ドライフラワーやポプリに染み込ませたり、お風呂に数滴入れたりなど色々な使い方で香りを楽しめる。

感謝の言葉に励まされて

陽介さんにはお花の栽培の他にもう一つ興味を持っていることがあります。それは風景の写真撮影です。プロに依頼すれば素晴らしい写真が撮れることは分かっていますが、開花状況と天気、日の当たり具合などが完璧にそろった最高の瞬間を逃さず記録するためには、自分自身がいつでもカメラを構えられるのがいちばん。プロにアドバイスをもらうなど、ここでも勉強熱心です。上手く撮れた写真はポストカードなどに利用し、素敵な商品作りに活かしていきたいそうです。
喜びも苦労も多い農園の暮らしで一番嬉しいのは、お客さんに「今年も花畑をきれいにしてくれてありがとう」「本当にいいものを見られた」と感謝の言葉を伝えられた時だと陽介さんは語ります。これからも「ファーム富田」を訪れる旅人に、花に癒される楽しい時間を過ごしてもらうことが何よりの願いです。

物言わぬ花の心の声に耳を傾け
笑顔を守る仕事にやりがいを感じて

Profile

1989年生まれ。高校まで中富良野町で育ち、北海道薬科大学(現・北海道科学大学)卒業後、神奈川県で薬剤師として就職。2019年にUターン。

富田 陽介

Yousuke Tomita

富田 陽介
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